死後の尊厳:故人の「安らかに眠る権利」をどう守る?デジタル時代の新たな倫理

有名人の死後、遺された姿や言葉が無断で消費される場面に違和感を覚えたことはありませんか?本記事では「死後の尊厳(安らかに眠る権利)」という視点から、表現の自由や経済的利益と故人の尊厳とのバランスについて考えます。

死後の尊厳

近年増えている、亡くなった方の名声や姿かたちをあたかも商品であるかのように消費する行為。人は亡くなることで肖像権を失うかもしれませんが、だからといってその方の尊厳までもが失われてよいはずがありません。

数年前になりますが、著名な元スポーツ選手の葬儀の際、亡骸の写真がウェブ上に公開されたと聞いたときも、強い違和感を覚えました。ご遺族のひとりがファンのためになさったことですが、故人がそのような姿を人目にさらされることを望んだかどうか、慎重に考えるべきとも思いました。

こうした問題に触れるとき、「安らかに眠る権利」という言葉が私のなかで自然に浮かびます。それは私の造語なのですが、一般的には「死後の尊厳」という概念です。

もちろん、死を悼み、死者を尊ぶという精神性や倫理性は万国共通のものであり、当然に尊重されてはいるものの、日本の法体系で「死後の尊厳」はまだ明確には位置づけられていません。が、近年では少しずつ議論も進んできています。

特に医療・介護・終末期の現場では「尊厳死」や「尊厳ある看取り」などの形で、「人としての尊厳をどう守るか」が問われてきました。それを、死後の世界にも適用していく流れが必要だと思います。

 

死後のAIによる創作、「魂」はコピーできない

一方で、最近では故人の姿や声、創作物をAIやデジタル技術で再現する試みが増えています。
手塚治虫さんの「新作」や「AI美空ひばり」の紅白歌合戦出演は、技術の進歩として感動的ではありますが、私はその背後に潜む問題について考えざるを得ません。

創作とは単なる模倣や再現ではなく、その人の人生観や表現の意志が込められたものです。AIによって故人の「新作」を生み出すことが、その人の幸せに繋がるのか、私は疑問を感じます。

ここで大切な問題提起が浮かび上がります。それは、「死後も創作させられ続ける」ことが本当にその人の幸せか、という疑問です。生前に「創作を終える自由」や「沈黙する権利」を持つことは尊重されるべきではないでしょうか。AIが故人を再現した作品を生み出すことは、創作物としては遺産かもしれませんが、その人の「魂」をコピーすることは不可能です。そのことをあらためて認識し、尊重しなければならないのではないかと思います。

また、現代社会における「デジタルタトゥー」の問題も考慮すべきです。インターネットにおける情報や写真はほぼ永遠に残り続け、故人のプライバシーや名誉が侵害されるリスクが高まっています。私たちは、死後の尊厳…「安らかに眠る権利」を守るために、デジタル社会における新たな倫理をどう構築するかを真剣に考えるべき時が来ているのではないでしょうか。

 

死者の尊厳は社会の成熟度を示す

法律上、死者自身には権利主体性がないとされがちですが、遺族の名誉感情や人格権という形で保護される道がある以上、判例の積み重ねによって社会の潮流が変わる可能性もあります。

実際、日本の判例にも、故人の社会的評価を著しく貶めた表現行為に対して、遺族による名誉毀損や損害賠償請求が認められた例があります。虚偽報道により故人の評価が傷つけられ、遺族の感情が著しく侵害されたとして、慰謝料の支払いが命じられた判決がありました。

法改正を待たずとも、司法の判断を通じて「死後の尊厳」への理解が深まり、広がっていくことが期待されます。

 

また、海外に目を向けると、欧州では故人の人格的利益を保護する視点が比較的強く、たとえばフランスでは死者に対する侮辱的な行為が違法とされる場合もあります。これに対し、米国では表現の自由とのバランスを重視する文化があり、死者に対する風刺やパロディも一定の保護を受ける傾向にあります。

こうした国ごとの違いから見えてくるのは、死後の尊厳をどう位置づけ、どのように守るかが、社会の文化的背景や価値観によって大きく左右されているということです。日本においても、倫理やモラルに依存するだけでなく、死者の名誉や人格的利益を守るための法的な枠組みを整備することが、今後ますます重要になるでしょう。

「亡くなったから、もう権利はない」という発想ではなく、たとえ法的権利の主体ではなくても、故人の尊厳を守るための社会的・制度的な配慮を求めていくこと。それは、残された私たちが示すべき責任であり、成熟した社会への一歩でもあるはずです。

 

死者をどう扱うかは、その社会の成熟度を映す鏡のようなものです。死後の尊厳…「安らかに眠る権利」という考え方が、表現の自由や経済的利益との兼ね合いのなかで、もっと真剣に語られる社会であってほしいと願っています。

 


※本記事は、執筆時点における一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言や判断を行うものではありません。実際のご判断に際しては、必ず関係法令や専門家の意見をご参照ください。また、専門家のご紹介もいたしますのでお気軽にご相談ください。

この記事を書いた人

今井 賢司
今井 賢司終活カウンセラー1級 写真家・フォトマスターEX
終活サポート ワンモア 主宰 兼 栃木支部長。立教大学卒。写真家として生前遺影やビデオレター、デジタル終活の普及に努める傍ら、終活カウンセラーとして終活相談及びエンディングノート作成支援に注力しています。

また、「ミドル世代からのとちぎ終活倶楽部」と題し「遺言」「相続」「資産形成」といった終活講座から「ウォーキング」「薬膳」「写経」「脳トレ」「筋トレ」「コグニサイズ」などのカルチャー教室、「生前遺影撮影会」「山歩き」「キャンプ」といったイベントまで幅広いテーマの講座を企画開催。

こころ豊かなシニアライフとコミュニティ作りを大切に、終活支援に取り組んでいます。

終活カウンセラー1級
エンディングノートセミナー講師養成講座修了(終活カウンセラー協会®)
ITパスポート
フォトマスターEX

- 近況 -
・「JAこすもす佐野」「栃木県シルバー人材センター連合会」「宇都宮市立東図書館」「塩谷町役場」「上三川いきいきプラザ」「JAしおのや」「真岡市役所」「とちのき鶴田様」「とちのき上戸祭様」「栃木リビング新聞社」「グッドライフ住吉」にて終活講座を開催しました
・JAこすもす佐野にて生前遺影撮影会を開催します

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終活相続ナビに取材掲載されました
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