家族に何をのこすのか──遺言から考える「相続の本質」と他人事ではない今日的課題
相続の意味が変わりつつある時代に
遺言書というと、多くの人は「財産の分け方を記すための書類」というイメージを思い浮かべます。実際、法的な意味ではそれが合っています。
また、相続は家族を中心とした親族の問題だという意識も共通認識ではないでしょうか。しかし、現代は家族の形が大きく変わり、介護や医療、実家の管理や葬儀など、人生の終盤をめぐる課題が複雑化しています。
家督制度がほぼ失われた今日では、「家」という単位よりも、家族一人ひとりの権利や生活を尊重する意識が主流になりました。
それは社会の成熟を示す変化といえますが、その反面、相続や遺言の場面では「家としてどうするか」より「個人としてどうしたいか」が優先され、家族全体での合意形成が難しくなる場面が増えています。
こうした価値観の変化が、現代の相続トラブルや遺言をめぐる課題の背景にもなっています。
そういった環境の変化のなかで、相続は単なる財産承継ではなく、家族同士の関係性と向き合うといった意味や役割を持つようになってきました。
にもかかわらず、社会の意識はまだ旧来のまま。
「遺言=相続の書類」(しかも”資産家のもの”)と考える人が多く、その使用目的を狭く捉えたままです。
本稿では、まず遺言と相続を取り巻く現代の課題を整理し、そのうえで遺言・相続の本質——家族への想いと責任をどう託すか——について考えていきます。
現代の相続が抱える“見えにくい課題”
家族の事情が複雑化し、「話し合い」が難しくなる時代
高齢化、単身世帯の増加、離婚・再婚家庭の広がり、遠距離に住む家族──。
現代の家族像は多様で、従来のように「親子・きょうだいの関係性を前提とした話し合い」が自然に機能するとは限りません。
財産が多い少ないに関わらず、
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誰が親の介護を担ってきたのか
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誰が実家の管理や往復を続けてきたのか
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新しい家族(再婚・連れ子)がいるか
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実家から遠く離れて暮らしているか
こうした日常の積み重ねが、それぞれの想いや不満として静かに蓄積され、相続の場面で表面化しやすくなっています。
「個人の希望」が尊重される時代ほど、家族の調整が必要に
家督制度の終焉は、個人の尊重という大きな進歩をもたらしました。
しかし、家族全体の意向を調整する役割を担っていた“家”という仕組みはなくなり、今は 一人ひとりが自分の希望を語らなければ、誰にも伝わらない時代 です。
その結果として、
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誰が何を望んでいるのか
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そもそも家族全体としてどうしていきたいか
が共有されないまま時が流れ、いざ相続が始まると「そんなつもりじゃなかった」という行き違いが起こりやすくなります。
相続の本質は“財産の行方”ではなく“想いの承継”
「お金の話」ではなく「家族の関係」を整えるプロセス
相続とは本来、財産を分ける作業だけではなく、
家族の絆や想いをどのように受け継ぎ、未来へつなぐのかを確認する機会 です。
親が大切にしてきた価値観、家族に託したい願い、感謝やねぎらい──
こうした想いを共有することは、財産よりもずっと大きな意味を持ちます。
ところが現実には、感情のすれ違いが放置されたまま相続の場面を迎え、
「お金の問題」ではなく「心の問題」で揉めるケースが後を絶ちません。
遺言の目的は、実はその逆。
“争いを避ける”ためにあるだけでなく、家族のつながりを確認し、未来に託すためにある のです。
そのために「遺言」が必要になる理由
遺言は“家族に向けた最後のメッセージ”
遺言書は法的な書類である以上、財産に関する内容が中心になります。
しかしその役割は、単に財産分与を決めるだけでは終わりません。
むしろ、
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誰にどんな想いで託すのか
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家族間で誤解が生じないようにどう配慮するか
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家族にどんな姿勢で生きていってほしいのか
といった 「自分の意志」を家族に伝える手段・機会 として機能します。
遺言の普及で、家族トラブルは確実に減る
多くの相続トラブルは、“財産の問題ではなく、気持ちの問題” から始まります。
争族の多くは家族同士の愛情の奪い合いであると私は考えます。
遺言書はその気持ちを調整する有効な手段です。
財産分与について法的効力をもつ遺言があれば、
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親の意志が明確になる
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きょうだい同士の判断基準が生まれる
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「どうしてその配分なのか」という理由が伝わる
ため、感情的な対立を避けやすくなります。
これは資産規模の大小とは無関係で、むしろ 一般家庭ほど遺言の効果は大きい といえます。
「遺産の多い家庭より、少ない家庭のほうが揉める」
——これは終活の現場でよく耳にする言葉です。現に最高裁判所の司法統計によると、2023年の「争族」は5000万円以下の遺産を巡って発生しているのが全体の78%に達しており、この数字は年々増加しています。
ただし──遺言は“書けばいい”のではない
遺言だけにすべてを託すと、逆に誤解を生むことがある
どれだけ丁寧な遺言であっても、生前にまったく説明がなければ、
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「どうして自分だけ少ないのか」
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「なぜこの配分なのか」
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「親は自分の気持ちをわかってくれていなかったのか」
と、かえって“感情のしこり”を生むこともあります。
特に、介護の負担や生前の関わり方に差がある場合、
その配慮を遺言に書いたとしても、説明なしでは誤解を生みやすいのです。
遺言を活かす鍵は「生前のコミュニケーション」
遺言とは、家族への最後のメッセージですが、
その前段階として「意図を伝えておく」ことが極めて重要 です。
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遺言を書く意図
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どういう価値観からその判断に至ったのか
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誰かが傷つかないようにという配慮
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家族に託したい想い
これらを生前に丁寧に共有しておくことで、遺言書は“紙切れ”でも”血の通わない公的文書”でもなく、家族をつなぐ力を持つ「意思表示」 になります。
付言事項で「伝えきれなかった想い」を補う
生前のコミュニケーションで意図を伝えることが大切ですが、話しきれないことや、あらためて形に残しておきたい想いもあります。
そこで役に立つのが 付言事項 です。付言事項とは、遺言書に書かれる、法律上の効力を持たない個人的なメッセージのことです。
具体的な内容としては、家族への感謝の気持ちや、遺言書を作成した経緯、葬儀やお墓に関する希望、遺産分配の理由説明などが挙げられます。
法的拘束力はないものの、なぜその判断に至ったのか、家族への感謝や配慮、これからの願いなどを率直に書き残すことで、遺言が“単なる遺産分割指示”ではなく家族に寄り添うメッセージになります。
生前の対話と付言事項、この二つがそろうことで、遺言はより誤解の少ない形で家族に届くようになります。
相続とは“家族に向き合い、責任と覚悟をもつ”ということ
現代の相続問題の多くは、家族の事情が複雑化したこと、個人の価値観が尊重される時代になったこと
──こうした社会の変化によって生まれています。
だからこそ、相続の本質をあらためて捉え直す必要があります。
相続は、家族の絆や想いを受け継ぎ、未来へつなぐためのプロセスである。
遺言は、そのプロセスを家族にとってより“たしかなもの”にするための道具である。
この認識が広がれば、相続は「争いの種」ではなく「家族の縁を整える機会」へと変わっていきます。
そして、そのためには家族同士のコミュニケーションと遺言の普及が欠かせません。
※本記事は、執筆時点における一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言や判断を行うものではありません。実際のご判断に際しては、必ず関係法令や専門家の意見をご参照ください。また、専門家のご紹介もいたしますのでお気軽にご相談ください。
この記事を書いた人

- 終活カウンセラー1級 写真家・フォトマスターEX
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終活サポート ワンモア 主宰 兼 栃木支部長。立教大学卒。写真家として生前遺影やビデオレター、デジタル終活の普及に努める傍ら、終活カウンセラーとして終活相談及びエンディングノート作成支援に注力しています。
また、「ミドル世代からのとちぎ終活倶楽部」と題し「遺言」「相続」「資産形成」といった終活講座から「ウォーキング」「薬膳」「写経」「脳トレ」「筋トレ」「コグニサイズ」などのカルチャー教室、「生前遺影撮影会」「山歩き」「キャンプ」といったイベントまで幅広いテーマの講座を企画開催。
こころ豊かなシニアライフとコミュニティ作りを大切に、終活支援に取り組んでいます。栃木県宇都宮市在住。日光市出身。
終活カウンセラー1級
エンディングノートセミナー講師養成講座修了(終活カウンセラー協会®)
ITパスポート
フォトマスターEX
- 近況 -
・「JAこすもす佐野」「栃木県シルバー人材センター連合会」「宇都宮市立東図書館」「塩谷町役場」「上三川いきいきプラザ」「JAしおのや」「真岡市役所」「とちのき鶴田様」「とちのき上戸祭様」「栃木リビング新聞社」「グッドライフ住吉」にて終活講座を開催しました
・JAこすもす佐野にて生前遺影撮影会を開催します
終活相談・講座のご依頼はお問い合わせフォームからお願いします。
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・終活相続ナビに取材掲載されました
・下野新聞に取材記事が特集掲載されました(ジェンダー特集)
・リビングとちぎに取材記事が一面掲載されました(デジタル終活)
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